目の前を自販機が通り過ぎて行った。

 驚いた、ではすまされないような衝撃が私の身体の中を走った。しかし、この状況にこの文章では勘違いを与えてしまうことも可能性としてなくはないと感じるので、付けたさせてもらうとしよう。衝撃の原因とは、その自販機が私に与えた痛みでもなく、私の右頬をかすりながら通り過ぎていった時に感じた恐怖でもなく、自販機を投げた男に対する怒りでもなく、自販機を投げられたこの青年の美しさにあった。
 「シズちゃん、危ないなあ」なんて笑いながら言う彼の横顔に、思わずドキリとする。真っ赤な双眸、日本人離れした肌の白さと鼻の高さは、見惚れない人などいないと思わせるほどどこか現実離れした美しさである。いや、寧ろ全力で見惚れさせて下さいと頼みたい。
 そうしてスーツとか似合いそうだ、とか、ウェイターさんの服着てほしいいや寧ろウェイトレスつまりメイドコスを! とか、女装しても普通に受け入れられそうなくらい華奢な身体だな、とか、ぽけーっとしていると、どうやら私の視線に気づいたような彼と、はた、と視線が交わった。顔が引きつる。

「あれ、君どうしたの? 何か言いたいことでもあった? それともさっき飛んできた自販機があたったり……はしてないよね。まあなんでもいいけど、今見てて分かるようにシズちゃんの相手してやってるんだ。大した用じゃないなら、後にしてくれる?」
「手前ノミ蟲、何一般人に手ぇ出してんだよっ! また変なこと考えてんじゃねえだろうなっ」
「……ほら。巻き込まれて、こういうの飛んできてほしくないでしょ?」

 時速100q以上で飛んできただろうと推測される標識が、今度は頭上を通過した。大きな音を出しながら過ぎていった今の攻撃は、さっきの自販機よりも怖かった。こめかみを冷や汗が伝う。
 しかし、目の前の人はそれでも余裕な笑みを絶やさない。こんな状況に慣れているんだろうか、とも思ったが、それならこの人は何者なのかと疑問に思う。というか、どうなったらこんな状況に出くわすのだろうか。18年間大した悪事もせずに普通に生きてきて、こういう状況に初めて遭遇した私には全くもって分からない。
 そして、経験がない私はこの状況についても、あまり現実性を持てなかった為に思うのだ。嗚呼、やっぱりこの人かっこいい。

「早く逃げなって」
「ノミ蟲この野郎かわしてんじゃねええええええっ」
「チッ……。まあ、何かあるようなら、ちゃんと後から聞くからさ。あ、ほら、これ俺の名刺。ここに乗ってるメアドにでも、メール送っといてくれればさ」

 ほいっと投げつけられる小さな厚紙。私は慌ててそれをキャッチすると、明朝体のフォントで書かれた文字に注目する。
 ――折原、臨也。小さな文字で、肩書きは情報屋とか書かれていたり、名前の横に(21)とか年齢が書いてあったりしてつっこみどころはたくさんあったが、その下に電話番号とメールアドレスが書いてあって、この現実味の全くない夢のような状況の中で、夢じゃないかとにやけてしまった。私はなんて幸せ者なのだ。
 返答のなかった私の相手をするのが疲れたのか、それとも『シズちゃん』と呼ばれた男からの攻撃から逃げる為か――おそらくどちらも正当なのであろうが――、臨也さんは私が名刺に目を通したことを確認すると、またね、なんて言って、走り去っていってしまった。最後まで話しかけられなかった私は、あ、なんて言って反射的に思わず手を伸ばした。結局空を切ってしまうだけだったけど。
 怒鳴りながら追いかけていくシズちゃんさんのように、追いかけて「ありがとうございました」なんて勇気もなかったから、しばらく私はその場に立ち尽くすこととなる。でも、いいよね。だって、また後から言う機会がちゃんとあるから。
 名刺にキスをして、ふふっと笑う。こんな出会いの仕方もありなのかもしれない。
 
 
遭遇した恋愛事故
(『先ほどは有難うございました』、と)(早く返信くればいいなあ)
 

2010.06.28

Designed by TENKIYA
inserted by FC2 system