私、こう見えてもアイドルなんです。

 久々に新譜を貰った。作詞作曲も既に、完成しているものを。
 いつもは作詞だけは自分でやっているのに、今回はそれをプロの人がやったみたいだ。今回の曲は和風で艶っぽい雰囲気の為に、私がつけるようなふんわりとした歌詞は似合わないそうで。
 これから女優などの新展開も考えている売り手のアイドルとしては、いろいろな声の演じ方を体験しておいた方がいい。そうマネージャーが説明している途中、私はなんだか変な気分になった。いつもは私がしていることをしていない、なんてちょっと肩すかしで寂しい感じ。でも、自分もプロなんだからそんなこと言っていられない、となんとかモチベーションを回復して、同意を求めてくるマネージャーに頷いた。
 私がこの仕事を受けるかどうかに、マネージャーも多少心配していたんだと思う。途端に彼女はほっとした表情になって、CDやその他諸々自宅で歌の練習をするのに必要なものが入ったバッグをくれた。受け取った瞬間、重さだけはいつもと変わらない筈なのに、何故かずっしりとした感触があって泣きそうになったけど、受けてしまったものはやりきるというのが私の信条だったから、笑った。
 それにしても、どんな詩が付けられているのだろう。



 自宅、といっても今は恋人と同棲中の高級マンションの一室。そこは私の為といっても過言ではないほど、防音対策がばっちりだった。ちなみにアイドルが同棲なんかしていいのか、という意見。それについては少々説明が長くなるのではしょらせてもらう。
 私は薄紅色のトートバッグからCDを取り出すと、とりあえずそれをコンポにかけた。ほどなくして流れ始める、きっと琴とピアノとギターの音。なんだか異色のコラボだな。なんて思いつつ、メロディを聞いていると、確かにいつも私が歌うようなファンシー系の曲とは全く違う、ロックでセクシーな曲調だった。
 もしかしたら、今回は作詞私がやらなくてよかったかもしれない。曲を聞き終えた後に、コーヒーで一息つきながら思った。もともと歌ったことがないジャンルだったのもあったけど、それ以上にこの曲は好すぎた。好い曲に歌詞をつけるというのは、それなりに大きなプレッシャーがつきものだ。そんな大きなプレッシャー抱えたくなかったしね、と私は一人の部屋で呟く。
 マグカップ一杯分のコーヒーを飲み終わり、曲の余韻にもそろそろ浸り終えた頃に、私はようやくその歌詞をバッグから取り出した。雨でぬれることを危惧したのか、もしくは情報が漏えいしてしまうことを恐れたのか、どちらでもいいが、歌詞はビニール袋とクリアファイルの二段階で厳重に守られていた。なんだか少しだけ罪悪感を覚えながらも、それを破いて私は歌詞に目を通した。

「な、なによ、これ……」

 数秒の後、机に向かって撃沈。顔を中心として、身体が火照るのを感じる。
 ――確かに艶やかな曲に合うとは思うけど、これは!
 顔をあげて、もう一度ちらりと歌詞を見てみると、そこにはあまりにも過激すぎる言葉。その上、曲全体で過激な言葉が二つ、三つだけならまだしも、各パートにひとつくらいはそのまま、もしくは事を暗示させるような形ででてきている。
 全く、この詩を考えた人はとんだエロエロ星人だ、なんて憤慨。しかしその後、これを歌って、それが全国ネットでいろいろな人に聞かれるのだと思うだけで、カウンターとして大ダメージを受けた。は混乱状態のようだ。ポケットにモンスターが入っているような某ゲームから言葉を拝借しているあたりから、もう混乱しているとつっこみをいれる自分も混乱中、そしてこの自分も混乱中、そしてこの自分も。……無限ループもうやだ。

「でも、やらないと……。よっし、やる!」

 頬っぺたを叩いて、モード転換。私はやればできる子、なんて自己暗示もしてみる。すると、本当にこれが恥じらいなしに、なりきって歌えるような感覚がしてくるから不思議だ。
 簡単に音合わせをして、それから二順目、口ずさんでみる。まだ全部はつかみきれてないけど、後五回以上したら慣れてくるだろうから、そうしたら通してちゃんと歌ってみようなんて思った。
 しかしその直後、はた、と気付いた。いつもは作詞の段階で念入りにイメトレをしているから、感情がこもった歌を歌えるけれど、今回はいつイメトレしよう、なんて。というか、どんなイメトレをしよう、と。
 相手となる人は、想像がつく。つくのだけれど、やはり内容が内容のだけに少しやりづらい。
 どうしよう、なんて考えていると、いきなりドアが開いた。
 あ、ヤバイ。なんて思った時にはもう遅い。

「ただいま、ー。何それ新曲?」
「あ、臨也……。おかえりなさい」

 机につっぷしている私に、ぎゅっと抱きついてくる男、もとい私がここに同棲する理由となった彼氏。仕事で対談だったか、もしくは池袋最強の喧嘩人形とバトルをしてきた後なのか、タバコ臭い(いや、後者は無いか)。
 すりすりと頬を擦りつけてくる臨也に、私は歌詞を見せないようにと、何気ない態度を装って、紙を裏返しに机の上においた。危ない。こいつに見られたら、本当いろいろな意味で危なかった。でも何故か嫌な予感。
 そう、本当にその危険性は決して過去形にしてはいけなかった。つまり私は油断をしてはいけなかった。過去の私にいいたい。お前は馬鹿か。

「なんで隠すの?」

 暗転。押し倒されたと気付いたのは、臨也の声が意味となって私の頭に響いたのと同時だった。突然の出来事にもともと良い出来でもなかった思考回路が分断され、何も考えることができない私に、彼はにこりと微笑む。嫌な予感はしてたんだ。
 とりあえず臨也に合わせてにこり、と笑っておくと、頬を両手で包まれた。いや、包まれたなんてもんじゃない、ぐりぐりされた。地味に痛いし、跡になるしやめてほしいのだけれど。――勿論そんなこと言えるはずもなく、されるがまま状態。

「新曲きたらすぐ俺の前で歌ってって言ったじゃん」
「……楽しみにしててほしかったから」
「ふーん。まあそれはいいとして、なんで顔赤いの?」
「いや、それは、臨也に押し倒されてるからで」
「俺が部屋に入ってきた時から、真っ赤だったと思うけど?」

 にやりと笑われた。これは絶対に反則技だ、いろいろな意味で。
 更に暑くなる身体で、頑張って首を横に振る。これが私にできる精一杯だ。言葉での受け答えなんでできる筈がない。
 ふうん、と、上から楽しそうな声が聞こえてくる。

「じゃあとりあえず、約束を破ったということで罰を与えようか」

 深いキス。のびてくる手が瞼に這う。
 あ、これ歌詞の。なんて考えてたら、もう既に。
 
 
籠の中の歌姫
(歌詞の通りだった……)(絶対に臨也……ああ、もう、意地悪!)
 

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