さて、さっきの電話は結局そこで折原臨也に強引に「じゃあ十分後君の家いくからー」なんて言われて切られたのだけれど。まさか本当にはこないよなーなんて思いながらテレビを見ていた。
浴衣? 勿論着替えませんよ。折原君のちょっとした悪戯につきあってる暇はないのだ。きっと性悪な彼は私に着替えさせといて、極限までおめかしさせといて、でも結局こなかったなんてことをやってみせるんだ。だって彼、私の家知らないしさ。ちょっと考えれば、分かるよ。
全くなんてやなやつだ! そんな暇があったら、とりためていたビデオでも見るっつーの!
「……なんでいるの?」
「言ったじゃないさっき、十分後に行くって」
「いや、そういう問題じゃないよね、なんで家知ってんだって話だよね」
「愛の力とでも呼ばせてもらおうか」
「カルトだ! ホラーだ!」
ぴったり十分後、チャイムがなったからまさかな、なんて思いつつドアを開けると、そいつがいた。反射的に全力でドアをしめた。隙間から手がはいってきた。ほんとホラーだよこいつ。
血が止まってどんどん変色していく手が怖くなって、しぶしぶドアを閉める力を緩めたら、勢いよくドアが開いて折原君が中に転げこんできた。馬鹿じゃないのかこいつ。
「いったいなー」
顔面から転んだ折原君は、おでこを強打したようで、痛そうにさすりながら顔をあげた。キャラに似合わない、涙目である。
不覚にも、可愛いと思ってしまった。
――いや、申し訳ないが言い訳をしてもいいだろうか! 今の状態が問題なんだ。折原君はたったいま倒れたから、むくっと起き上がったにしても、それは玄関に座り込むという形。対して、私は玄関の上に立っている状態。折原君は、私を涙目で上目づかいに見上げているのだ。よく見れば、いやよく見なくても、こいつの顔は整っているし、だから、そんなの反則技なのである。DSでいう、プロアクションリプレイみたいな! チート能力!
きっとこれは生物学的に、いやいや、反射的に火照ってしまったのだろう、頬を見られたくなくて、咄嗟に後ろを向いた。耳まで赤くなってないだろうかと心配なのだが。
いや、絶対に大丈夫だ。何が悲しくてこんなやつにときめかないといけないんだ。私は正常だから、顔が火照ってるというのも何かの間違いなんだ、ちょっと今は温度が高いとかそういう感じの。ああ、そうだ、現に今は真夏じゃないか。ここ冷房もきいてないし。そうだよ、大丈夫、ちょっと暑いのは気温のせい。
なかなか割り切れないけど、言い訳を作ると少しはすっきりしたような気持ちになった。
「それで、はなんでまだ着替えてないのかなあ? 俺言ったよね、着替えておくようにってさ」
「……浴衣今探してたの。でも、見つからなくて」
「そっかあ。俺、急に言ったんだもん、そうだよねえ」
早くも復帰したらしい折原君が、なんの躊躇もなく土間にあがって、私よりも先を歩く。まあ、ここまできたら、もうつっこむ気力もない。
というか、自然に嘘がつけてよかった。もしもここで何かひらめいていなかったら、私完全に明日から海の藻屑状態だったもん。
なんだかすごく簡単に受け流されたような気がしなくもないけれど、そこはまあ結果オーライということで気にしないでおこうと思う。何か企んでいるのかもしれないけど。
「それで焦ってたからさ」
と、折原君。
「って今上半身下着姿なんだよね?」
「……? え、あ、うい、えええええええええええええっ!」
言葉の意味が分からなくてゆっくり咀嚼した後、それを確かめる為に恐る恐る見てみた。それに要した時間、三秒。その後、叫んだ時間、息が続く限り。
折原君は、面白そうに廊下でのたうち回って笑い転げてる。いや、でも本当に笑い転げる人って初めてみたよ私! こんな冷静になっている場合じゃないんだろうけども。
とりあえずもう遅いだろうけども、手で隠してみる。そういえば、よく考えてみたら私、夏、家族がいない時はいつも下着姿なんだっけ。運よく下はショーパンを穿いていたからよかったけど。いくら時間通りのインタホンに驚いていたとはいえ、注意してなさすぎだった。
「あっははっははははあはあひーひーっはあっはあっ」
「変な笑い方しないでよー! ていうかもっと早く言ってよー!」
「あははははっご、ごめんごめんっ……ていうか思ったよりも、貧にゅ……ぷっ」
「いやー!」
あまりの衝撃に、思わずアッパー。なんだかいつも平和島静雄とやりあっている人間とは思えないくらいしっかりきまって、折原君を飛ばした。
反省はしている、だが後悔はしていない。
*
閑話休題。
さすがに相手が折原君とはいっても、のびた人間をそのままにしておくわけにもいかずに、リビングに寝かせておいた。私の部屋に寝かせておくと、いざって言う時に怖いからリビング。家族も今大学生のお姉ちゃんのところに旅行しに行っていて邪魔が入る心配もないからリビング。
さて、寝かせた私はというと、ちゃんと浴衣をさがすことにした。折原君が次に起きる前に浴衣を着ておかないと、さっきのネタがどんな風に言いふらされるかもわからない。念のため、というやつだ。
適当に、なんだかありそうだと思った和室の部屋を探すことにする。しばらく使っていない押入れの戸をあけると、見慣れた白い箱。意外と簡単に浴衣は見つかった。吃驚だ。
しかし、問題なのがここからだ。私は全く着つけの仕方が分からない。これを着たのも一度だけだったし、その時はお母さんにやってもらったから。こればかりは適当に着て、はい、完成ということにはいかないだろう。とりあえず、着るのが簡単な浴衣用の下着まで着たのはいいのだが……。
「へー、着方分からないんだー。なんか博識そうだったから意外。俺が着つけしてあげてもいいよ?」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。反射的に思わず振り返ると、にやりと笑った折原君が壁にもたれて、こっちを見ていた。
やけに回復が早い、というか、この部屋に私がいることを見つけるのも早い。ていうか部屋に入られた気配も気付かなかった。こいつ、何者なんだろう、ほんと。
なんだか怪しかったけど、ここは一応素直に甘えておくことにした。折原君の言葉に意外と毒も含まれてなかったし、やっぱり着つけなんてできそうもないし。
こくり、と頷くと、彼は満足げに目を細めた。
規格外訪問者
予想外に長くなった……。
気力次第で続きます。