罪について考察

 いつものようにナイフだったり、自販機だったりが飛び交う喧嘩中。不意に、そのコートは暑くないのか、と尋ねられた。

「は?」
「いや、だから、今夏だしよ。にしては手前、汗かいてねえし」

 こいつ馬鹿なのか。
 喧嘩中にそういうことを言い出すというのも、危険を顧みないという点で常軌を逸する行動だ。悔しいが、俺との喧嘩中にもこいつは他の物を考える余裕があるということは知っているので、そこは深く掘り下げることはしない。
 それよりも今話題に出された疑問点について。いくら俺が体温が低くて冷え症だからといって、夏にこんなファー付きのコートを着て暑くないなんて、絶対にそんなわけはない。
 汗をかかないのは、代謝が悪いというどうにもできない体質上の問題としても、少しもかかないってわけでもないし。今だって、服の下にはじわじわと湿った嫌な感じが広がり続けている。
 隙を見て距離を取りながら言った。

「暑いに決まってんじゃん」
「んじゃどうしてそんなめんどくせえ格好してんだよ。見てるこっちが暑苦しい」
「んなこと言って、シズちゃんもいつもバーテンの服着てるくせに」

 自分のことはどうなのだ、と鼻で笑ってやる。でも、本当にこいつもこいつで、年がら年じゅう同じ格好をしている癖に、暑さでへたれてる表情もしなければ、寒さに打ちひしがれているということもない。
 化け物が俺と同じレベルだということは癪だが、この際認めてやろう、こいつも俺と似たり寄ったりの変人だ。いや、人ではないから変態。

「ああ? 別にバーテンの服はいつ着ててもおかしくないだろ。制服だしな」
「今の職業の制服でもないし、強制されてないんだったら、もっと動きやすくて季節に合った服着ればいいのに」
「幽から貰った大事な仕事着なんだよ」
「嗚呼、そうだったねえ。全く馬鹿の考えることはワンパターンだからやだよ。シズちゃんは幽君への感謝と愛情を表面的にも分かるように、バーテンの服を着ることで示していると、そう言いたいわけだ。けどそれは言い訳でしかない。一度就いたバーテンという職業をクビになった。原因は? 暴力。今度はきっと、なんて、信頼してバーテン服まで用意してくれた幽君への罪悪感が募るよねえ。それに、甘いシズちゃんのことだから、暴力をふるった相手にも店にも、罪悪感を抱いてるんじゃない? そういう罪の意識から逃れたくて、今現在は自分の仕事を全うしていることを示したくて、いまだに着続けている。どう、当たってるでしょ?」
「わけわかんねえことゴチャゴチャ抜かしてんじゃねえ!」
「シズちゃんこわーい」

 言い終わると、それまで我慢していたらしい彼が、馬鹿の一つ覚えで、また自販機を投げてきた。
 俺も人のことを言えるような人間じゃないけど、ほんと、他人の迷惑になるだけだから辞めた方がいいと思う。いや、本当はただ自分が被害を被る危険性を減らしたかっただけなんだけど。俺が興味本位以外で、偽善事業をするなんてこと、例え脳内でもないない。寧ろ脳内だからこそ、ないないないない。
 だが、とりあえずはこれで、道端でシズちゃんと、この折原臨也が喧嘩もせずに話し込むというシュールな展開も回避できたわけだ。俺の巧みな話術によって。自分が結構天才なんじゃないかと思う瞬間。
 ――化け物と話なんて、滑稽だよ、やっぱこうでなくちゃ。

「ははっ。まあ、今日はこのくらいにして俺は帰るよ」
「待ていざやああああああああっ」
「ばいばーい」

 パルクールを使い、街にあるビルや塀などの障害物を味方につけて、走り抜ける。背後から制止の声を掛けられるが、そこで正直に止まるほど俺は馬鹿な人間でもない。
 こめかみに滴る汗が鬱陶しい。これもあいつのせいだ、なんて言い訳してみる。断じて、この気候やこのコートのせいなんかじゃない。あいつが追いかけてくるから、それに対して逃げるから汗がでるんだ。
 コート、なんて、関係、ない。

「ほんと、シズちゃんって鈍いくせに変なところだけ鋭いんだからさあ。野生の動物みたいに」

 バーテン服に指摘した罪の意識。自分でも、常日頃から考えていないことに対して、よくも情報があっただけで、あんなにすらすらと科白がでてきたものだと思った。しかし、よく考えてみたら、それは自分自身のことだった。
 コートについて訊ねた時のあいつの表情を思い浮かべてみる。あれは決して、気付いていた表情じゃなかった。俺がいうのだから、間違いない。もしもこれで間違っていたとしたら、シズちゃんはとんだ役者だ。
 夏でも脱がないコート。高校一年の時、まだここまで険悪な仲じゃなかったことの夏休み。あいつが一部の記憶を持っていないのは、既知の上だが、やはり覚えていないと確信していた方が、こちらとしては好都合だ。
 ようやく振り切ったところで、着地して、服屋のガラスにうつる自分の姿を見た。汗だくだった。
 にやり、と笑った。
 
 
 暗転。
 
うっかり無糖のシズイザ。
なんだかリバっぽい雰囲気も否めない。
とりあえずうちの現代シズイザは甘が苦手です……!
そして私はうざ臨也が好きらしい。
言葉遊びしすぎて台詞が長い! 困った!

続く……かもしれない。
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