グラウンドの方から、爆発音のような、破壊音が聞こえた。
危険を伴う大きな音に、瞬間的に俺は顔をあげた。
――今のは何の音だろう。
考えてみて、サッカー部の練習でフェンスにボールが当たって倒れたとか、野球部がバッドで何かを破壊したとかいう音ではないことは分かった。仮定の結果、あの音はそれらを連想させるほど、“生ぬる”くて“優しい”音ではなかった。本当に、破壊音と呼ぶにふさわしい音だった。
しかし、俺は、そんな衝撃的なほどに大きい音だったのに、不思議と、驚愕とか恐怖とか、そういう感情は抱かなかった。ただ単に、何かトクベツな匂いに、好奇心が疼く。さっき頭に浮かんだばかりの、素質のある人間たちやその頂点に立つ俺の図が、また脳内を侵食し始めた。
まるで、麻薬のように快感を伴って。
俺は気が付いたら、グラウンドへと走っていた。いつ靴をはき替えたのかも分からないし、あんなに魅力的だと思っていた九十九屋のメルマガも、今、この状況下では酷く陳腐なものに思えた。
九十九屋が提供してくれた、どんな興味深い情報だって、所詮画面の向こう側のことでしかなかった。現実の話なのに、自分が触れていないから、どこか現実味を帯びていない、まるで夢のような話だった。
そこに日常からの脱却を求めて嵌ったのだが、同じように強い魅力を感じたのでも、これは違った。これは、あくまで日常の中での、非日常。今まで感じたことがなかったような、程よい緊張や期待が混じった甘い刺激な脳に浸透する。
うろ覚えで走る下駄箱からグラウンドまでの道のりは、近いとは言えなかったが、遠いとも言えないほどの距離だった。きっとそれには、今の心情も左右しているのだろう。然も夢の中で走っているかのように、走っても走っても、全然進んでいないような感じがした。
到着して、初めに俺が見たのは、ゴミ屑みたいに散らばる元人間だったようなものと、そいつらが使った武器のようなものと、その中心に立つ金髪の少年――彼は俯いていた。そして、削られた土の上に、無造作に散らばった二つのサッカーゴールだった。
状況を理解するよりも、今まで見たことのない状況に歓喜するよりも、呆気にとられた。目の前の情景が、これまで九十九屋から得ていた情報よりも、画面の向こうの光景だと思えたのだ。
呆然と何も考えていなかった筈が、無意識に身体が震えていたことに気付いた。指が支えを求めるように、ぴくぴくと痙攣する。背中にじんわりと汗をかいていた。
自分が危機的状況に立たされているわけでもないのに、理論的な恐怖ではなく、本能的な恐怖を感じたことは、初めてだった。
さて、これからどうしようかと、震える身体を抑えつけて、じいっとグラウンドを見ていると、ゴミ屑の中から一人が再起した。手には、パールのようなものを持っている。金髪の少年は気付かない。
危ない、と思ったが、何故か声は出せなかった。こんなに多くの人間を倒した少年だから、今さら、こんな一人の雑魚にやられたりはしないだろう、なんていう確証めいた考えからではなかった。その光景を、まるで映画か何かのように、食い入るように見ている自分がいた。
ゴミ屑の中から再起した一人――長いので、以下ゴミとでも表現しよう――は、自分の存在にいまだ気付いていない少年に対して、好機と思ったのだろう。少し遠目で見ていた俺からでも分かるほど、口元を大きく歪ませて笑い、バールを振りかぶった。
さすがに距離が離れていたので、音はひとつも聞こえなかったが、実際その場にいたら、鈍い音が聞こえていただろう。バールは見事、少年に当たった。それまで身動き一つせずにそこに突っ立っていた少年は、初めて揺らぎを見せた。
ゴミが、歓喜の雄たけびをあげた。大きく低い、ガラガラとした声が、遠く離れて見ていた俺にも聞こえてきた。正直、五月蝿い。
しかし、ここで胸を躍らせたのは、確実に誤った判断だった。少し考えれば、喧嘩をあまり経験したことのない俺でも分かる。ここまで、散々、武器を持った人間相手に戦ってきたあの少年が、いくらそれがバールだったとしても、不意打ち一発くらいで倒れる筈はない。
直感的に、あ、死んだなあいつ、と思った。
考えなしに少年に背を向けているゴミに対して、横向きに拳が入った。そのフォーム自体は、隙がありすぎであまり綺麗ではなかったものの、威力は、まるで漫画かと思うくらいにずば抜けて凄かった。ゴミは、軽々と数十メートル、いや下手したら、百何十メートル先に飛んで行った。
少年はそれを、何か考えているかのようにじいっと見つめていたが、しばらくして、また別のことを考え始めたのだろう、今度はきょろきょろと周りを見渡し始めた。
――やばい。
何かしたわけでも制裁を加えられる理由もなかったが、俺は少年に見つかることが酷く嫌だった。さきほどの現場を見てしまったという、気まずさもあったかもしれない。
とにかく、少年の目線がこちらに来る前に、どこか隠れるところを探そうと周りを見渡してみた。花壇などの障害物はあるものの、それは、高校生男子一人が隠れることができるほどのものじゃない。どうしたものか、と思った時だった。
「おい」
見つかった上に、声を掛けられてしまったようだ。